風流 碇 知盛

7番運行
歌舞伎部門

風流碇 知盛

若葉町若連囃子:飛田囃子若連

解説

知盛は幼い安徳帝を奉じて我が子と見せかけ、乳人典侍の局を女房に仕立て、ひそかに源氏への報復の機会をうかがっていた。しかし、計画はすべて義経に見破られ平家方は全滅する。もはや最期と、典待局は、安徳帝を抱いて入水しようとするが義経の手に捕らえられてしまう。知盛は満身に失傷を負いながらも義経に立ち向かうが、局が幼帝の守護をきめるのを見届けると、よるめく足で岩の上にのぼり、義経に安徳帝の将来を呉々も託し碇綱を体に巻きつけ沈み行くのであった。文治元年(一一八五年)、知盛、三十四才のことである。知盛の悲壮な最期を舞台で繰り広げるという、浄瑠璃の中の最高傑作と言われております。
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