豊後の城主の若殿佐々木桂之助は、将軍東山義政公より預りの名剣浪切丸を紛失した責めを負って、家老吉岡宗観邸に押し込められている。そこへ、天竺帰りの徳兵衛がやって来て、せがまれるままに天竺の話しをした後宗観の死相を告げる。宗観は、徳兵衛こそ生まれたのち手放した我子大日丸である事、さらに自分は朝鮮国王の臣木曽官で、恨みを晴らす為浪切丸を隠し機会を待っていた事を明かし、徳長衛に後事を託し自害をする。徳兵衛は浪切丸を奪おうとガマの妖術を使い、宗観邸の大屋根の上でガマにまたがって暴れ回る徳兵衛の大見得の名場面です。この「天竺徳兵衛韓噺」は四世鶴屋南北が二世尾上松助に書下ろした芝居で、鮮やかな早替りや宙乗りなどキリシタン妖術とうわさされ大評判を取った歌舞伎です。