紀州、日高郡天龍山道成寺に始まる「道成寺」縁起は古くからありました。歌舞伎の舞台へ取りあげられるようになったのは寛文年間の頃、宝歴三年三月二十六日当日江戸中村座にいて、中村富十郎に依って「京鹿子娘道成寺」が初演され、爾来「娘道成寺」はきらびやかな舞台、華麓な引抜き衣裳の変化等、歌舞伎の好条件を具えていると申せましょう。後世、六代目菊五郎の名舞台が今日の流行に拍車をかけ、歌右衛門の定評のある好演技は更に世間の風評を高めたものと言えます。此の舞台は皆様すでに御承知の通り「花の姿の乱髪」日高庄屋の娘清姫が蛇体となり、契りをかわした安珍のかくれておりました鐘にからみつき炎を燃して焼き尽くそうとした歌舞伎の名舞台であります。