余吾将軍平維茂は従者を従えて、戸隠山にやって来た。そそこは既に何かの美しいお姫様が紅葉見物に来ていて、是非ともおもてなしがしたいと維茂を誘った。この更科姫と云う災人は早速酒を酌いですすめたうえ御馳走にと立上って見事な手振りで舞を見せた。将軍維茂は、ただもう姫の艶やかさにうっとり見惚れているうちいつか睡魔にまどろみうとうとと属睡ってしまった。従者も、手枕で横になった。すると、今迄舞りていた姫は急に物凄い顔になってハッタと睨みつけ腰元達を引き連れて幕の内に姿を消した。短い秋り陽は沈みかけて、山風が不気味に樹々の梢を鳴らしていると、どこからともなく山神が現われて「こんなところに長いすると戸隠山の鬼の餌食になるぞ」身体をゆさぶって注意したが眼を覚まさない。山神はあきらめて去った。すると一陣の物凄い山嵐に正気づいた維茂はいま夢うつつに聞いたお告げに、さては、戸隠山の鬼女であったのと知り奮起一番身づくろいして幕の内えと躍り込んだ。俄かに天地鳴動して、更科姫を現して鬼女に変わり、ひと口に維茂を食わんと現われ出た。危うい所を名剣小鳥丸の威力で助けられた。維茂は再び名剣を振って斬り込み、ついに一刀を浴びせた。鬼女はかなわじとみて松の大木に逃げ上って、その形相もすざましく維茂をきっと見据る場面である。