源義経は、武蔵坊弁慶のみちびきのもと、山伏姿で奥州目ざして北国落ち。
海津の浦から安宅へやってくると安宅には、頼朝の設けた新関があった。関を警護しているのは、加賀の国の住人富樫左衛門である。義経らを捕らえるための関であるから、富樫は一行らを止める。いったんは通行の許しの出た一行は関を通ろうとするが、後にいた義経があやしまれ、関に止められてしまう。すると弁慶は、義経を杖でさんざん打ちすえる。これを見た富樫は、弁慶の知勇に感服、すべてを知った上で一行を通してやるのだった。
義経は、自分を下人のように打って助けた弁慶の行為に対して「まさに天の加護、弓矢正八幡の神慮と思えば、かたじけなく思う」と感謝するのだった。
海津の浦から安宅へやってくると安宅には、頼朝の設けた新関があった。関を警護しているのは、加賀の国の住人富樫左衛門である。義経らを捕らえるための関であるから、富樫は一行らを止める。いったんは通行の許しの出た一行は関を通ろうとするが、後にいた義経があやしまれ、関に止められてしまう。すると弁慶は、義経を杖でさんざん打ちすえる。これを見た富樫は、弁慶の知勇に感服、すべてを知った上で一行を通してやるのだった。
義経は、自分を下人のように打って助けた弁慶の行為に対して「まさに天の加護、弓矢正八幡の神慮と思えば、かたじけなく思う」と感謝するのだった。