略年表

ふるさとを飛び出して広がる交流の輪

約260年前に始まった新庄まつりは、 平成3年(1991)には山車・囃子が東京「隅田川まつり」と大阪「御堂筋パレード」に、翌4年(1992)には東京「日本橋・京橋まつり」、さらに平成7年(1995)にはオーストリア・ザルツブルクで開催されたヨーロッパジャパンウィークにも参加するなど、ふるさとを飛び出して、全国各地、海外と人々の交流の輪を広げています。

寛永5年1628

新庄城内天満宮建立(8/25)。

寛文8年1668

城内天満宮再建(9/25)。

延享2年1745

戸澤正諶(5代藩主)家督を継ぐ。

宝暦5年1755

凶作飢饉に見舞われ多くの餓死者が出た。

宝歴6年1756

正諶、城内天満宮の祭礼始める(9/25)。

宝暦8年1758

神輿を江戸で新調し、新庄に下す。城内天満宮祭礼の期日を7月25日にする。

明和7年1770

角沢街道に松本村有志が、宝暦の飢饉での犠牲者を弔う「餓死聖霊位牌」を建立(7/16)。

安永5年1776

記録に山車がはじめて登場。

文化13年1816

角沢街道丸仏が光明堂宥恭により建立される。

明治2年1869

山形星野屋で神輿をつくる。

明治13年1880

城内天満宮が県社に指定される。

大正9年1920

本まつりは小雨の中行われたが、裏まつり(旧7/26)は大雨で中止となる。

大正10年1921

天満宮祭典の前日、戸澤氏移封300年紀年祭が行われる(8/27)。

大正12年1923

関東大震災のため、山車は各町内に飾るだけとなる。

昭和12年1937

城内天満宮祭礼が時局柄、山車・神輿渡御とも中止。昭和14年まで。

昭和15年1940

皇紀2600年であるため神輿渡御が行われた(8/28)。

昭和16年1941

城内天満宮祭礼は平祭り。山車・神輿渡御とも中止。

昭和17年1942

大豊作のため、久しぶりに神輿渡御とともに山車が運行され、5万人の人出でにぎわう(8/16)。

昭和21年1946

この年、戦後初めて山車がでる。沖の町の「羽衣」1台だけ。

昭和22年1947

昭和天皇東北御巡幸で山車をご覧いただく。

昭和24年1949

新庄市制記念祝賀行事として、共進会が開催され山車が運行される(5/2)。この年は、8月24日からも山車がひかれ2回のまつりを行う。

昭和25年1950

城内天満宮祭典が「新庄まつり」になる。

昭和28年1953

新庄山車連盟設立。

昭和33年1958

この年より8月24日に夜間照明付山車が市内を巡回し始める。

昭和37年1962

本合海で新庄まつり前夜祭として、灯ろう流しと花火大会が行われる(8/23)。昭和50年まで。

昭和41年1966

まつりの名称が「新庄やたい祭り」と変わる。

昭和42年1967

まつりの名称が「新庄山車(だし)まつり」となる。

昭和43年1968

この年から、新庄まつりがテレビ放映される(YBCテレビ)。

まつりの名称が「新庄まつり」にもどる。

昭和46年1971

新庄囃子連盟般立。 山車はやし竸演会が始まる。

昭和49年1974

新庄まつりの前夜祭であった本合海の花火大会と灯ろう流しが取止めとなる。

昭和50年1975

本合海花火大会再開するが、翌年から取止め。

昭和51年1976

新庄まつりがフジテレビ系列で全国に生中継で放映される。

昭和53年1978

山車が戦後最高の十九台になる。

昭和55年1980

新庄ばやし輪おどりが新庄まつりに初参加。

昭和58年1983

輪おどりが、おどりパレードとなり8月24日宵まつり山車パレードに先がけて行われる。

新庄ふるさと歴史センター開館(11/1)。この年より2台の山車が常設展示される。

昭和62年1987

新庄山車連盟が、第1回山形県大衆文化賞を受賞する。

平成3年1991

東京「隅田川まつり」と大阪「御堂筋パレード」に参加(下金沢町若連・鳥越囃子若連)。

平成4年1992

東京「日本橋・京橋まつり」に参加。(常仲町若連・升形囃子若連)

国民体育大会前夜祭として山車5台によるパレードを実施(下金沢町若連・鳥越囃子若連、沖の町若連・山屋囃子若連、南本町若連・関屋囃子若連、上茶屋町若連・松本囃子若連、上万場町若連・小泉囃子若連)。

平成5年1993

東京「大銀座まつり」に遠征するが、台風のため中止となる(上茶屋町若連、北本町若連、末広町若連)。

平成6年1994

「新庄まつり行列」が新庄市の無形民俗文化財に指定される(6/22)。

駅前ふれあい広場「アビエス」完成。

東京「大銀座まつり」に参加(南本町若連・関屋囃子若連、千門町若連・本合海囃子若連、末広町若連・角沢囃子若連)。

平成7年1995

ヨーロッパジャパンウィーク(オーストリア・ザルツブルク)に参加(上茶屋町若連・松本囃子若連)。

栃木県黒磯市で開催された国民文化祭に参加(北本町若連・山屋囃子若連)。

「地域づくり東日本交流会議最上大会」の事例発表として歴史センター展示山車(南本町若連・関屋囃子若連、千門町若連・本合海囃子若連)を駅前ふれあい広場「アビエス」まで運行。

文部省伝統文化推進事業に新庄まつりが指定される。

平成8年1996

山車の台数が史上最高の21台となる。

平成9年1997

史上初めて8月25日も宵まつりパレード実施。

東京「大銀座まつり」に参加(千門町若連・本合海囃子若連、上金沢町若連・仁間囃子若連、上茶屋町若連・松本囃子若連)。

平成10年1998

新庄まつりの囃子に合わせて踊る「第1回チェレンコ祭り」開催。

平成11年1999

宵まつりが16年ぶりに雨で中止。25日夜各町内自主参加による山車パレード実施。

東京「大銀座まつり」に参加(上茶屋町若連・松本囃子若連、上金沢町若連・仁間囃子若連、下金沢町若連・鳥越囃子若連)。

全国スポーツレクリエーション祭総合開会式(山形県総合運動公園)に参加(千門町若連・本合海囃子若連、常仲町若連・升形囃子若連)。

最上広域交流センター「ゆめりあ」開館し山車1台を常設展示。

平成12年2000

新庄まつりのからくり仕掛けモニュメントが駅前に完成。

2回目の24日・25日連夜の宵まつりパレード開催。

囃子連盟灯入れ式始まる。

平成14年2002

金山町で開催された全国植樹祭に参加し、天皇・皇后両陛下にご覧いただく(南本町若連・関屋囃子若連、川西町若連・小泉囃子若連)。翌日ふるさと歴史センターをご訪問され展示山車等をご観覧(川西町・上茶屋町若連、山屋囃子若連)。

全国都市緑化フェアの総合閉会式かつ新庄まつり最終日の8月26日に、最上中央公園で2台の山車を運行し、駅前通り等に初めて展示山車を行う(19台)。

平成15年2003

8月26日に有志町内による展示山車(14若連)並びに囃子演奏(8若連)。現在に至る。

平成16年2004

囃子連盟による「天満宮奉納囃子」始まり、第1回小若連囃子演奏大会実施。 東山公園駐車場へのシャトルバス運行を開始。

山形デスティネーションキャンペーン「山形田楽祭」(山形市)に参加(千門町若連・本合海囃子若連)。

平成17年2005

新庄まつり250年祭開催。史上初めて8月24日から27日までの4日間開催(27日記念パレード実施)。金山町の山車1台が特別参加。

平成18年2006

街中鹿子踊と喧嘩囃子山車行列を開催。

平成21年2009

3月11日に「新庄まつりの山車行事」が国重要無形民俗文化財に指定。

市制60周年を迎え、8月23日に、ちびっ子神輿山車運行を開催。

平成22年2010

東北6県のキャンペーンの一環として、山手線ラッピングトレインに新庄まつり が採用される。

平成23年2011

第1回日本の伝統まつりポスターコンクールを開催。

平成24年2012

東日本大震災復興祈念事業として福興祭を開催。被災した東北3県の祭り(岩手 県陸前高田市「氷上太鼓」・宮城県仙台市「すずめ踊り」・福島県南相馬市「相馬野馬追」)が、震災の復興を願って披露され祭り交流が展開された。

ダイドードリンコ「日本の祭り」に新庄まつりが選出される。

ITF2012(台北国際旅行博)に新庄まつり囃子が参加。

新庄まつり山車ラッピングトラックの運行を開始。

平成25年2013

前年に続き東日本大震災復興祈念新庄まつり交流事業として燦踊祭(さんようさい)を開催。茨城県高萩市「よさこいソーラン」、宮城県仙台市「すずめ踊り」、岩手県盛岡市「さんさ踊り」、沖縄県宜野湾市「エイサー」 が披露された。