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よくある質問

よく寄せられるご質問を集めました

新庄まつりをご覧になる上で、よく寄せられるご質問、新庄まつりに関する豆知識を集めました。
その他、新庄まつりに関する疑問・質問がございましたら、お気軽にお問い合わせよりお問い合わせください。 また、新庄市ホームページでは、より多くの新庄まつりに関する豆知識を掲載しています。併せてご覧ください。

新庄まつり大辞典「百の問答集2010」(外部サイト)

歴史

新庄まつりはいつから始まったの?
今から約260年前、江戸時代中期の宝暦6年(1756)に始まったといわれています。
その前年の宝暦5年(1755)、新庄領内は大変な飢饉凶作に見舞われ多くの餓死者を出しました。
時の藩主、戸沢正諶(まさのぶ)が亡くなった人々の御霊を鎮め、領民を励まし、五穀豊穣を祈って始めたものです。
最初から、「新庄まつり」って呼んでたの?
もともと城内天満宮祭典と呼ばれていたのが「新庄まつり」に変わったのは、昭和25年のことです。
昭和40年代に一時、「新庄やたい祭り」「新庄山車(だし)まつり」と呼ばれたこともありましたが、その後はずっと「新庄まつり」です。
年によって開催日は変わらないの?
新庄まつりの期日は、曜日などに関わらず毎年8月24日25日26日の3日間に固定されています。
これは、新庄まつりの起源が天満神社の祭礼となっていることに加え、
最上公園内にある三神社の例大祭日の8月24日(戸沢神社例大祭)、25日(天満神社例大祭)、26日(護国神社例大祭)の3日間を「新庄まつりの期日」としているためです。

8月24日は、宵まつり。夜に山車のパレードが行われます。
25日は本まつり。天満神社の神輿渡御行列があり、一日中山車が練り歩きます。
26日は後まつり。最上公園で萩野・仁田山鹿子踊が舞われるほか、近年は飾り山車と小若連囃子演奏大会も行われます。
夜間パレードは、いつから?
昭和33年です。この年から8月24日に夜間照明つきの山車が、まちを運行し始めました。

山車

山車の大きさはどのくらいなの?
台車の大きさは幅が約3.5m、長さが約7mほどです。高さはおよそ4.5mぐらいです。信号機や標識などの障害物があるため、この高さとなります。
山車の台車はどうやってできているの?
-番下の車の部分は、トラックなどの部品を加工しています。その上に木製の受け台や舵取り装置を取り付けています。
どうして片側から見るようにつくるの?
以前は、道路の両側からも見られるように、ひな段式に飾られた正面向きの山車もありましたが、歌舞伎や物語の見せ場を取り入れることが多くなり、その舞台状況を表現するだめ側面にすることが一般的になりました。それでも、後や背面までしっかり作らないと全体のバランスや流れがくずれてしまうので、山車作りに手抜きはできません。
山車を観るポイントってあるの?
各若連では小さな舞台に大きな芸術を表現するため、人形の配置や構図に気を配っています。一般に斜め前方45度から観るのがポイントです。
まつりが終わると山車はどうするの?
1~2ヶ月かけて精魂込めて作られた山車も、まつりが終った翌日に取り壊してしまいます。そしてその日からすぐに、翌年の山車の構想づくりなどが議論され、新しい山車作りへの取り組みが始まります。

囃子

囃子は何人で演奏するの?
囃子方の構成は太鼓が4人、笛吹きが約15人、すり鉦が約15人、三味線が2~4人の30~40人編成です。
演奏される曲は?
花車大八という侠客が、京都祇園祭の囃子をヒントに作曲したと伝えられています。曲目は、『寄せ笛』『二上がり』『宿渡(すくわたり)』『羯鼓(かっこ)』の4曲で、一般的に演奏されるのは『宿渡』『羯鼓』の2曲です。『宿渡』は、哀調を帯びた曲で、「チェレンコヤッサー、ソレー」という子どもたちの掛け声が入ります。『羯鼓』はテンポの速い勇壮な曲で、山車がすれ違う際などに演奏されます。
寄せ笛とは?
関屋囃子若連に伝えられている曲で、山車が出発する前に集合の合図として演奏されます。笛1人と太鼓1人で奏でる1分45秒ほどの曲です。
喧嘩囃子とは?
お囃子の人たちが喧嘩することではありません。数十年前は、大通りを山車がすれ違うことがよくありました。そのとき、お互いの囃子の人たちは、自分たちの囃子のリズムに柤手を引きずり込もうと、より一層激しく演奏し、まるでお互いに喧嘩しているような賑やかな光景となることから「喧嘩囃子」と呼ばれます。曲は激しい曲の『羯鼓』を演奏することが多いようです。近年は交通事情や山車の大型化等で、すれ違うこと自体が少なくなりました。